ドイツ海軍最初で最後の戦艦 ビスマルク

第一次世界大戦に敗北したドイツは、ベルサイユ条約によって基準排水量1万トン以上の艦船の建造保有を禁止されることになった。これによって事実上ドイツは戦艦の建造を禁止されることになった。
しかし、ドイツはなんとしても戦艦を建造する計画を行いドイッチュラント級装甲艦を完成させる。
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主砲28cm3連装砲を2基装備し速力28ノットの高速艦だった。3番艦アドミラル・グラフ・シュペーは、第二次世界大戦の開戦に伴い大西洋の通商破壊に活躍したが、イギリス海軍に補足されラプラタ沖海戦にて損傷し、中立国であった南米ウルグアイのモンテビデオ港に退避するも、イギリス海軍に包囲されて脱出は不可能になり、1939年12月17日に自沈した。

後に、ヒトラーによってベルサイユ条約が破棄されるとドイツはすぐさま戦艦建造をスタートする。
しかし、ベルサイユ条約によってドイツの造船技術は進歩しておらず、第一次大戦当時の戦艦を元に設計するしかなかった。
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戦艦ビスマルクはバイエルン級戦艦を元に設計されているためにさまざまな問題があった。
ビスマルクは砲撃戦において遠距離砲撃戦の防御を考慮しておらず、甲板防御が低かったが近距離砲撃戦では有利に立てるようになっていた。
第一次大戦のドイツ海軍は主に、バルト海での戦闘を考慮して、近距離砲撃を想定していたためバイエルン級戦艦も近距離戦を想定して造られていた。そのためビスマルクは新しい旧式艦とも言われるほどだった。
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排水量50900トン、装甲はクルップ社が開発したヴォタンを採用し、主砲38cm連装砲を4基装備、速度30.1ノットの高速だった。姉妹艦としてティルピッツ が建造されている。

ライン演習
大西洋におけるイギリスの補給戦を撃滅する作戦で、巡洋戦艦シャルンホルストグナイゼナウが11万5600トンにも及ぶ戦果を出していた。戦艦ビスマルクも通商破壊をさせるため重巡洋艦プリンツ・オイゲンと共に、大西洋に向け1941年5月18日にゴーテンハーフェンを出航した。
当初は巡洋戦艦シャルンホルストとグナイゼナウも再び参加する予定であったが、シャルンホルストが機関故障、グナイゼナウはイギリス空軍の雷撃で推進軸が損傷し作戦参加ができなくなった。
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イギリス軍に幾度と無く発見報告され5月24日にデンマーク海峡で砲撃戦が行われることになる。
イギリス海軍は巡洋戦艦フッドと戦艦プリンスオブ・ウェールズで接近砲撃を開始した。
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巡洋戦艦フッド イギリス国民からマイティ・フッドとして親しまれ、1940年7月3日のカタパルト作戦にて北アフリカのメル・エル・ケビル軍港に停泊していたフランス海軍の戦艦ブルターニュを撃沈、戦艦ダンケルク等を中破させる戦果をあげる。
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戦艦プリンス・オブ・ウェールズ チャーチル首相のお気に入りの戦艦で世界最強の戦艦と言ったほど。1941年就役後、乗員の練度不足にかかわらずビスマルク砲撃戦に参加することになる。後に太平洋戦争勃発に従いインド洋に向かい東洋艦隊の旗艦となり日本軍の上陸部隊と輸送船団攻撃のために巡洋戦艦レパルスと共に出撃するが日本海軍航空隊の雷撃と爆撃によってマレー沖で撃沈される。撃沈の報告を聞いた首相チャーチルは「戦争全体で私に直接的な衝撃を与えたことはなかった」と語った。

フッドはプリンツ・オイゲンに対して距離23,000mにて砲撃を開始し、プリンス・オブ・ウェールズも同じく砲撃を開始。砲撃が行われているにかかわらず戦闘にあまり乗り気でない艦隊司令長官ギュンター・リュッチェンス中将がなかなか反撃命令を出さないため、しびれを切らしたビスマルク艦長エルンスト・リンデマン大佐が砲撃命令をだし20,300mで砲撃を開始する。
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砲撃開始からプリンツ・オイゲンの砲撃がフッドに命中し火災を発生させる。
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そして、 ビスマルクが距離約17,000mで放った第5斉射がフッドに命中し、弾薬庫が大爆発し艦は真っ二つになり轟沈してしまう。乗組員1415名中、生存者は僅か3名だった。
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フッドが轟沈し降り注ぐ破片を回避しながら進むプリンス・オブ・ウェールズに対しビスマルクとプリンツ・オイゲンは砲撃をはじめ14,000m先のプリンス・オブ・ウェールズの艦橋に命中し司令塔が破壊され、艦長と1名を除く司令塔要員全員が死傷したほか、ビスマルクの主砲弾三発が命中して浸水したために戦闘海域から離脱を始めた。プリンス・オブ・ウェールズもビスマルクに対して3発の主砲弾を命中させ2000トン以上の海水を浸入させた。

ビスマルク追撃戦
フッドを撃沈されたイギリス海軍はビスマルクに対して本国艦隊のほぼすべてを注ぎ込んで探索を続け、5月24日に空母ヴィクトリアスからソードフィッシュ雷撃機9機で攻撃し魚雷一本命中させるも、損傷は微々たる物だった。
5月25日にイギリス海軍の重巡洋艦サフォークの捜索レーダーから逃れるもリュッチェンス提督が海戦の戦闘詳報をドイツ海軍本部に発信したため、再び位置を捕捉される。
もはやイギリス艦隊との決戦を覚悟したリュッチェンス提督は乗員に向け艦内放送を行う。


戦艦ビスマルクの戦士諸君!君たちは大きな名声を得た!巡洋戦艦フッドの撃沈は、軍事的のみならず精神的な価値があったのだ。というのも、フッドはイギリス人の誇りであったからだ。現在敵は戦力を集中し、その矛先を我々に向けつつある。しかし私はきのうの午後、プリンツ・オイゲンを解き放つことに成功したため、彼は自分の商船にたいする戦いを全うすることができる。彼が目前の敵からうまく逃れることに成功した一方、先に負った傷のために、我々はフランスの港に向かうよう命令をうけた。敵は我々の進路上に集結しつつあり、戦闘は免れないだろう。ドイツは諸君とともにある。そして我々は銃身が焼きつくまで、砲弾を撃ち尽くすまで戦おう。我々戦士たちにとって今は勝利か死のどちらかなのだ。

5月26日10:30 イギリス海軍のカタリナ哨戒飛行艇がフランス西方の海上でビスマルクを発見し航空機による攻撃を開始した。 空母アーク・ロイヤルから15機のソードフィッシュが攻撃を開始するがビスマルクを追撃していた軽巡洋艦シェフィールドを誤認し攻撃してしまい魚雷は命中しなかったものの攻撃は失敗に終わる。
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19:10 コード少佐を指揮官とする第2次攻撃隊が軽巡洋艦シェフィールドの誘導によりビスマルクを発見し攻撃を開始する。この攻撃で魚雷2本命中し、そのうち一本が右舷後部に命中し操舵装置が損傷してしまい、舵が取舵12度で固定されしかも浸水のために速度を7ノット以上出せなくなりイギリス艦隊からの追撃を振り切ることが不可能になってしまう。
リュッチェンス提督はドイツ海軍本部に連絡を送る。

本艦は作戦続行が不可能になった。最後の一弾まで戦い抜く。総統閣下万歳!

イギリス艦隊がいる方向にかって進むことしかできなくなったビスマルクは軽巡洋艦シェフィールドから14,000mの位置まで接近し、砲撃を行った。損傷を受けた軽巡洋艦シェフィールドはレーダーが使えなくなり離脱を余儀なくされ、ビスマルクを見失わないようにイギリス海軍の指示により船団護衛中だった第4駆逐隊をビスマルク追撃に向かわせることになった。
第4駆逐艦隊はビスマルクに対して攻撃を行うも、砲撃にさらされ攻撃がうまくいかず各艦ごとに単体での魚雷攻撃を行うもすべて失敗に終わる。

ビスマルクの撃沈
1941年5月27日の朝、ビスマルクは舵が破壊され操舵をえるために7ノットの速度、浸水によって艦が傾斜している状態だった。
8:43 ビスマルク追撃を行ってきた第4駆逐隊の任務終了が終了し、ビスマルクを追撃し続けてきたイギリス主力艦隊が姿を現す。戦艦キング・ジョージV世、ロドネイ、重巡洋艦ノーフォーク、ドーセットシャーの4隻がビスマルクに向け砲撃を開始した。

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戦艦キング・ジョージⅤ世 先の海戦で艦橋を破壊されたプリンス・オブ・ウェールズの姉妹艦。後にイギリス太平洋艦隊に属し1945年7月18日に日本の日立製作所の工場を砲撃。7月29日には浜松の日本楽器の工場を砲撃した。

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戦艦ロドネー  40.6cm3連装砲3基を前方にすべて集中配置し艦橋を後方に配置するという珍しい戦艦。ビスマルクの舷側装甲を貫く事ができたのはこの戦艦だけであった。

ビスマルクも反撃を開始するも、ロドネーの1発の砲弾が前部砲塔の真ん中に命中し、1番2番砲塔を動作不可能にされ、ノーフォークの砲弾が前部射撃指揮所に命中、再びロドネーの砲撃により一番砲塔上部に着弾し、ビスマルクは前部射撃指揮所から後部射撃指揮所に戦闘命令が言い渡されるようになり、射撃目標をロドネーからキングジョージⅤ世に切り替える。
しかし、キングジョージⅤ世の砲撃により後部射撃指揮所の測距儀を破壊され射撃指揮が不可能となり、3番4番砲塔に各個射撃を行うよに命令するしかなくなってしまう。
ロドネーはビスマルクに向け魚雷攻撃を行うもすべてはずれる。
9:21 キングジョージⅤ世の砲撃がビスマルクの3番砲塔に命中し、残された4番砲塔のみになる。
キングジョージⅤ世に装填機構の不具合が発生し2番砲塔しか使用できなくなる。ビスマルクの4番砲塔もロドネーに命中させ魚雷発射管を破壊する。
9:27 ビスマルクの一番砲塔が復活し1発砲撃を行うも1番4番砲塔に砲撃を受け爆発しビスマルクは全主砲が使用不可能になる。
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ロドネーの砲撃は前部測距儀を破壊し、多数に損傷を与え続け2番砲塔付近に命中し、弾薬庫が大爆発を起こし大火災を発生させた。
その後も砲撃は続き88分間の戦闘でビスマルクは約400発以上のの砲弾と3本以上の魚雷を受け艦橋を含めほとんど破壊されたがこれだけの攻撃を喰らいながらもビスマルクは沈まなかった。それどころか機関がまだ生きており自力航行が可能であった。
リンデマン艦長により自沈命令が発令され準備に取り掛かり、イギリス艦隊も砲撃戦を中止しドーセットシャーに雷撃でビスマルクを沈めるように指示をだし、1500メートルの距離から魚雷攻撃を行った。
ビスマルクは自沈用の爆弾が爆発し魚雷も命中しとどめを刺した。
その後、ビスマルクは艦尾から沈み始めリンデマン艦長は傾斜が強まる艦首先端へ歩いて行き、艦首旗竿の先端に辿り着き海中の生存者に向けて決別の敬礼を行った。
ビスマルクは敬礼する艦長と共に、静かに横倒しになり沈み激動の艦歴に幕を閉じた。
重巡洋艦ドーセットシャー等が救助にあたっていたが、Uボード接近の報告が入り救助を中止した。
2,206名のうち救助されたのは115名のみであった。この砲撃戦で、イギリス艦隊は近距離砲撃を行ったためビスマルクの近距離砲撃防御が発揮し沈むことが無くドイツ海軍最初で最後の恥じない戦艦であった。

後に、ジェームズ・キャメロン監督によって海底の戦艦ビスマルクが製作され調査を行った結果、ビスマルクの装甲を貫通したのは3発だけでドーセットシャーの魚雷による致命的な損傷があまり無かったことが判明した。ビスマルクの沈没は自沈のときに爆破で空けられた穴が元で沈没したと言われている。
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ビスマルクの沈没はドイツにとって衝撃を与え、水上艦による通商破壊が行われなくなった。
また、イギリスはフッドの恨みを晴らすべくドイツ海軍を徹底的に攻撃排除を行い、ドイツ海軍の水上艦は壊滅的なダメージを受けた。
しかし、ビスマルクによる戦闘によってイギリス海軍は消耗し、日米開戦が起きた際、東洋艦隊派遣時の訓練や修復作業も不十分であり、マレー沖海戦で敗北する結果となった。
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by bt231 | 2007-03-11 22:34 | UHIと軍事 | Comments(0)


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